エディ・アイカウ

エディ・アイカウ☆伝説

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『Eddie would go!』
(エディだったら行くぜっ!)





ハワイでは、『Eddie would go!』(エディだったら行くぜ!)と書かれたステッカーを、
車などに貼っている人がたくさんいます。





エドワード・ライアン・アイカウ(Edward Ryan Aikau、通称エディ。1946年3月4日生まれ)は、
ハワイのマウイ島出身。ライフガード&サーファーで、ハワイの英雄です。



1967年の冬、オアフ島のノースショア、ワイメアベイで40フィート(12メートルくらい!)の大波が立ちました。

そのときノースショアには、世界中のビッグウェーブ・サーファー(大波乗り)達が滞在していましたが、
その巨大すぎる大波を恐れ、誰一人挑むものはいませんでした。。。

そんな中、一人の無名のネイティブ・ハワイアンの青年が海に入って行きました。
そのハワイアンはワイメアの怪物のような波を、まるでダンスでもしているかのように、軽々と乗りこなしました。


この青年こそエディ・アイカウ。以後、超人的な勇気の持ち主、ビッグウェイバー(大波乗り)、
エディ・アイカウの名は世界中に知れ渡りました。


そして、その高い能力を買われてホノルル郡当局からノースショアのライフガードにスカウトされます。
そこでエディは実に数百人という人々の命を救い、名声を得て、英雄になります。


実はライフガードというのは公務員なのですが、ホノルル郡の規則では、公務員採用の条件は「高校卒業以上」でした。
エディは高校中退でしたので、本来はホノルル郡の公務員にはなれないのです。
とはいえ、彼以上の人材は存在せず、しかもハワイの海はサメも出たりして人命に直接関わる業務のため、
特例として彼を採用したという話しが残っています。



ライフガードをしながらサーフィンにも積極的に取り組み、
デューク・カハナモクに次ぐネイティブ・ハワイアンプロサーファーの先駆けとなりました。
1977年には、デューク・カハナモク・インヴィテーショナル・サーフィン・チャンピオンシップス
(通称「The DUKE」)で優勝もしています。





1978年に彼は、太古の昔にタヒチからハワイまで、地図なしで、星座だけをたよりにカヌーで航海して渡ってきた
ポリネシアンの先祖達に敬意を称して行われる、『ホクレア号航海』(伝統的なカヌーを再現してポリネシアンスタイルで行う航海)の
栄えある第二回メンバーに選ばれ、カヌーに乗り込みタヒチまでの航海に出航しますが、
カヌーは大嵐のためモロカイ海峡で高波にあってマストが折れて浸水し転覆、遭難してしまいます。


荒れ狂う海。徐々に沈み始めるカヌー。もはや死を待つだけの絶望的な状況のなか
エディはメンバーに、『僕が助けを呼んでくる!大丈夫!』と言います。

彼は助けを求めるため、荒れ狂う暗黒の海に単身サーフボードを抱えて飛び込みました。
はるか遠くに見えるラナイ島のわずかな灯りを頼りに。
メンバーも彼を止めたものの、彼の意思は強く、エディならやってくれるかもしれないと思いました。






他のメンバーは全員翌日、偶然通りかかった船に発見され助かりました。
しかし、まだエディは発見されませんでした。






ネイティブハワイアンの英雄であったエディを探す為、ハワイ中の人々が立ち上がりました。
ある者は自家用の飛行機機で、ある者は船で、エディを探しました。
船も飛行機も持っていない人たちは、車や徒歩でハワイ中の海岸を捜索しました。
それも出来ない者は、エディの父親の所に小切手を送りました。



エディが命を助けた人々は世界中にいたので、小切手は世界中から届いたといいます。
「以前、エディに命を救われた者です。わずかですが、お役に立てて下さい。」と。






。。。そして 一週間後、サメの歯形がクッキリ残ったエディのサーフボードが見つかります。











その後も懸命な捜索が行われましたが、
結局エディは返らずに、伝説の人となりました。










英雄を失ったハワイの人々は嘆き悲しみました。
そしてそれは世界中のビッグウェイブ・サーファー達にとっても衝撃となり、
彼らは英雄であるエディの名を永遠に残すため、エディの名を冠とした、
世界でもっとも高い波に挑む、サーファーの勇気を試す為のサーフィン大会を開くことにしました。






それが1986年より開催されている、彼の勇気を称えたビッグウェーブ・サーフィンの大会
「クイックシルバー・イン・メモリー・オブ・エディ・アイカウ(通称「The EDDIE」)」です。


この大会、不定期です。


なぜ不定期なのでしょうか?

 それは彼の勇気を称え、彼がこよなく愛したノースショアのワイメア・ベイに25フィート(8メートル弱!)
以上の大波が入らなければこの大会は開催されないことになったからです。
25フィート以上の大波が入ったら、『Eddie would go!(エディだったら行くぜ!)』、ということで、この大会が開催されます。
なので、この大会はこれまでに7回のみ行われました。(2007年現在)






ちなみに余談ですが、エディにはクライドという弟がいて、彼もサーファーです。
以前は、よく2人で海に入っていました。

クライドが大波について、『怖くないの?』と聞くと、
エディは、『本当の勇気を持てば、海と友達になれるんだよ。』と言っていたみたいです。

クライドは兄を奪った海への憎しみとショックから、海に出ることがなくなっていました。


。。。そして7年後。クライドの元に一通の招待状がきました。
それは、「クイックシルバー・イン・メモリー・オブ・エディ・アイカウ(通称「The EDDIE」)」の第一回大会の招待状でした。

そして当日、クライドは出場はしたものの、『僕は兄さんのような勇気が持てない』、と自信がなかったと言います。
『僕はきっと波を読むこともライドポイントをつかむこともできないよ。。。』




ところが、順番になって彼が海に入ると、一匹の海ガメが近付いてきて、そして、『ある声』が耳に響いたそうです。

『本当の勇気を持てば、海と友達になれるんだよ。』

。。。その時、クライドにははっきりとライドポイントが見えたそうです。
彼はその日最高の波に乗り、見事、初代チャンピオンになりました。





エディの生き様を称えたフレーズは、「Eddie would go!(エディだったら行くぜ!)」



今もハワイのローカルサーファー達の間では、大波が来たときに合言葉として、

「EDDIE WOULD GO ! (エディだったら行くぜ!) 」というフレーズが聞かれます。



そして、彼らは海へ入っていくのです。



勇気』と『挑戦』の象徴、ハワイの英雄、エディ・アイカウ
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